貴様ら!お時間あったら、ぜひ読んでって下さいね。


by Brother_M
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最高の贈り物

さて、今回は今度の日曜日に訪れる俺の誕生日について
書いてみたいと思います。

今まで以前のHPで書いてたコラムや、現在持ってる3つのブログを
見てもらってる方はご存知かもしれませんが
まず、そんな皆さんが思い立つのは、おそらく『おみくじ』の事でしょう。
昨年の誕生日に鎌倉の鶴岡八幡宮で引いた大凶のおみくじ。
このリベンジを次の誕生日にすると、俺はずっと言い続けてましたからね。

次に覚えてらっしゃる方は少ないかもしれませんが
YUMEプライベート1st写真集「僕の活きる道」に続く第2弾
これの公開を可能であるなら、自分の誕生日に公開したいと。
これも言ってきました。もう既に数ヶ月前からハッキリとした
コンセプトが自分の中にもあり、撮る絵もハッキリ自分の中で
できてるので、あとは写すだけです。ただ、少し準備が要るのですけどね。
とりあえずこの二つを、俺は皆様に誕生日の日に見てもらおうと
思っていたのですが、ここで残念なお知らせです。

まず、写真集なのですけど、本当は12月中に撮って
年末もしくは正月を利用して、以前の写真集のように
よりアフォさを増すような編集をする予定だったのですけど
もう皆さまがご存知の通り、偽インフルエンザにかかってしまいまして
そのような時間が取れませんでした。むしろ撮る時間があったのでは?
そんな事を思うかもしれませんが、前回の写真集をご覧になった方は
何となく察しが付くとは思いますけど、かなり大変なんですアレ。
写りどーこーは得に気にするような代物ではございませんが
自分でタイマーをセットして撮るので、とにかく素敵に(アフォに)写るのが
とても大変なのです。もちろん日常の生活を切り取るまでなのですけど
今回は、前回にも増して、より動きをアクション度を高めるつもりでした。
なので、偽インフルであった俺は、動くこともままならないまま
普段の自分の日常生活を撮る事は、不可能だったのです。
という事で、今回は残念ながら見送りになってしまいました。
楽しみにしてくださってた方には大変申し訳なく思いますが
その分、いつか作るであろう第2弾、かなりの力作(駄作)になると
思いますので、ご理解頂けたらと思います。

で、今度はおみくじなのですけど、本来ならこれも
去年と同じ大凶がある状態の所で、というか
全く同じ場所、つまりは、鎌倉の鶴岡八幡宮で、同じ俺の誕生日の日に
初詣のおみくじとしてサクッと引きたいところなのですが
ちょっとコレも今のところ行けるか分からなくなってしまいました。
もちろん、おみくじを引くこと自体は可能なのですけど
やはり前回と同じ条件である、大凶込みのおみくじがある所でないと
フェアではないので、自分としては是非あの悪夢の地で
リベンジしたいのですけどね。
まぁ、どこで引こうが、今年は大吉だと思いますが。
ひょっとしたら鶴岡八幡宮で引けるかもしれませんけど
ちょっと厳しいので、今ハッキリとここでリベンジします!
とは言い切れません。。。

で、1月16日、おそらく俺はパソがいじれない状態にあると思うので
おみくじを引いたとしても、結果は後日お知らせする
ことになってしまいます。
では、なぜ俺が誕生日にパソをいじれないのか?
それは、俺にとって〝最高のプレゼント〟が待ってるからなのです。




俺は誕生日の日、ある人とある人の再会、これのお手伝いをしてきます。
お手伝いという言い方もおかしいですけどね。
とにかく俺と言う存在が、二人の架け橋になれるのだと
その一人は言ってくれてます。そして、俺もその橋になることを
この数年間、心から望んでました。何とか力になってあげたいと。
その日が、もうすぐ訪れようとしてるのです。
今度の日曜日の1月16日、俺の誕生日に。

この再会、二人にとって ちょうどこの1月で
10年ぶりの再会になるのです。
前回会った時も、それまでに15年と言う歳月が流れ
その10年前の再会があったみたいなのです。
25年という時間の中で、たった2度の出会い。
しかし、この二つの再会には大きな違いがあるのです。

もう少し詳しく話すと、この二人は親子。
血の繋がった、母と娘です。
前回の10年前の再会の時は、その娘である彼女は
母親に会うことを全く望んでませんでした。
というよりも、会うつもりもなかったのに会ってしまった。
それが正しい表現でしょうか。母親を心の底から憎んでました。
それは、つい数年前までもそうでした。

この10年前の再会は、実は彼女の父親が亡くなった時でした。
母親がその知らせを聞いて駆けつけてきたそうなのです。
しかし彼女は‘ヌケヌケと今さらに、どの面下げてやって来れるのだ’
と、その時は母を許す事ができませんでした。

彼女は一人っ子。幼少時から父親に育てられ
中学の頃まではずっと仲良く父と二人で暮らしていたそうです。
高校に入ると、彼女は寮生活へと移るために父のもとを離れ、
高校を卒業すると同時に、東京へと就職のために上京。
そして、彼女が二十歳の時、父親は癌に侵され天国へと昇ってしまいます。
つまり、彼女が父親とずっと傍で一緒に過ごした時間というのは
中学の頃までの15年間なんですよね。

で、その母親はというと、彼女が4~5歳の時に
家族3人で遊園地に行くという日があって
皆で行ったのにも関わらず、母親の姿が途中で見えない。
なぜか父と二人だけで帰ってきて母親が一緒に帰ってこない。
彼女は当然、母親の帰りをずっと待っている。
しかし、いくら待っても母親は帰って来なかった。

彼女の母親は、新しく好きな男性ができたみたいで
その人のもとへと行ってしまうわけです。おそらく推測ですけど、
そうなる前から夫婦間では離婚の話が決まっていたのでは?と
思うのですが、幼い彼女にそんな事が解るわけもないし
彼女からしたら、やはり〝捨てられた〟
そんな気持ちが強かったのだと思います。
というか、彼女が言う捨てられたというのも
一概に嘘でもないですけどね。幼い子を残して
全く理由も何も話さずに、彼女を置いて行ってしまったのだから。
とにかく、以来、ずっと彼女は母親を憎んでました。

俺はその話を数年前から知っていて、彼女が母親を憎む気持ちを
とても理解できました。ところが、ある事がきっかけで
そこに俺という存在が介入したことで、今回は双方が
会いたいという気持ちで会える感じになったわけです。
ほんのこの半年くらいの間の話ですけどね。

俺は彼女が母親を悪く言うことは当然だと思ってたし
憎むことも決して責めませんでした。もし、俺が同じ立場なら
彼女以上に憎んでそうだし、彼女が幼い頃、父親が仕事に行ってる間は
兄弟もいない彼女はいつも寂しく一人で過ごしてたわけですからね。
時には親戚の家に預けられ、幼いながらに肩身の狭い思いや
トラウマになるような怖い思いもしてきたみたいですし。
いろいろと苦労もあったみたいです。
本当に話を聞いてるだけでも、こみ上げてくるものがありました。

けど、俺は言いました。「もしこの先、少しでも会いたいと思う時が
訪れたなら、その時は気持ちに素直になって会うと良いよ」と。
血の繋がりとは本当に不思議なもので、そこには言葉ではとても
言い表すことのできない何かが在るのだと、俺はずっとそう思ってたので。
きっと少しでも彼女の心に変化が訪れた時、その関係は
血の繋がりにより、必ず修復できるのだと、俺はそう信じてました。
そして、ずっと俺が願ってた事が、今回やっと念願叶って
実を結ぶことになったわけです。そして、おそらく
誰よりも胸の奥で願ってたのは、この二人だったのだと思うのです。
細かく話すと長くなるので省略しますが、数々のドラマが
この1年くらいの間にありました。俺はそれをずっと見守ってきました。

二人だけでは少し会いにくいというのが、まだ彼女にはあるので
今回、俺は付き添う形で二人の再会を見届けることになったのです。
俺も向こうのお母様と1度だけ電話で話させてもらったことが
あるので、この日はとてもリラックスして会えると思います。

とにかく、この再会が二人にとって、少しでも25年という
空白を埋めることができて、この長い歳月に築けなかった絆が
これから少しずつでも生まれて行くのであれば
それは何より俺にとって〝最高の誕生日プレゼント〟になるのだと
いま、心からそう思ってます。

誕生日に誰かに何かをしてもらうのも良いけれど
誕生日に誰かの為に何かをしてあげられるって
それも最高じゃないですか。俺には後者の方が嬉しいかも。

二人の素敵な再会になることを切に願って
こんな日を皆からお祝いされたら、今年の誕生日
きっと忘れられないバースデーになるんだろうなぁと。
とりあえず、馬面でも被って行っとくかな。。。笑
[PR]
by Brother_M | 2005-01-14 01:43 | news for YUME